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Life Career Interview 04|ライフイベントと仕事を天秤にかけない。私らしく仕事を続けたい!

今回は、外資系生命保険会社で活躍する、湯川さんのインタビューをご紹介します。

仕事にやりがいを感じていたものの、ライフイベントと仕事を天秤にかけて一度は退職。
しかし、やりがいが家庭にしかない状況に直面したとき、自分の人生ではないと思い、再び社会に出ることを決意。

そして、入社したのが大手外資系生命保険の営業職。人生の転機に仕事を天秤にかけないために成功したいと考える湯川さんの経験と仕事観をぜひご覧ください。

湯川 月紫(ゆかわ つくし)さん| 大手外資系生命保険 営業

大学卒業後、東京に上京。大手ケーブルテレビに新卒入社。カスタマーセンターや営業を経験。一度は正社員を退くも、理想の働き方を実現するために大手外資系生命保険会社の営業に転職し、現在は第一線で活躍中。

仕事は自らとりにいかない限り、成長スピードは上がらない

ーー新卒で入社をする企業を決める際、譲れなかったポイントは何でしたか。

湯川さん:学生時代に京都のブランドセレクトショップで週6日ほど働いていました。少人数で幅広い仕事を任せてもらっていました。何から何まで自分でやっていかないといけない状況が楽しくて、人生の伏目である就職活動よりも、アルバイトの時間を優先していたほど、働くことに苦しさも楽しさも感じていました

この経験から、就職するなら成果を出せば若くても昇格できる、裁量が大きい仕事がしたいと考えていました。

そんなことを考えながら就職活動をおこない、大手メガバンクと大手通信会社の内定をいただき、最終的には大手通信会社に入社することにしました。

入社して、最初に配属されたのは、お客様からのお問合せを最初に受ける関西カスタマーセンターでした。同期132名のうち8割が営業と言われていたので、私も営業になるだろうと思っていたのですが、まさかのカスタマーセンター配属。営業職が花形であり、会社の成長を支えることができる仕事をして成長したいと強く志望していた私にとって、配属の決定に躊躇したことを覚えています。

戸惑いながら始まったカスタマーセンターの仕事。お客様と電話で会話するよりも直接対面で仕事をしたいと思っていたのですが、電話で会話をしながらお客様の問題を解決することも会社を支える仕事だとだんだんと気づくようになりました。

カスタマーセンターは、お客様からのクレームを対応する仕事で、裁量の大きい仕事ではないと、私の勝手なイメージで思いこんでいたんですね。でも、電話口で問題を解決して感謝される経験をしながら、この仕事は決して表に出る仕事ではないけれど、会社の顔としてお客様と接することができる仕事であり、会社を支える仕事だと分かって、やりがいとおもしろみを感じるようになっていきました。

ですが、営業職を経験したい気持ちは依然として強く、社内では常に主張をしていました。(笑)半年後には念願かなって、エリア内転居のセールス部署に異動することになりました。

ーー初めての異動。新しいチャレンジをどう受け止めましたか?

湯川さん:異動先の部署は、社内でもっとも忙しい部署だったようで、異動前はとても緊張していました。

新しい業務の内容は、すでに契約をされているお客様に対して、転居にともなう工事の調整から、新プランや追加のご契約をしていただく営業までを電話でおこなう仕事でした。

この部署は、引越しシーズンに集中して多くの工事の予定を調整していくため、お客様との意思疎通がうまくいかないと、日程調整のミスが発生してしまいます。また電話越しにサービスの提案から契約までおこなうという難易度の高い仕事で、「絶対にミスを起こしてはいけない」という責任を強く感じていました。しかし、念願の営業職に就けること、裁量の大きい仕事をしたいと思っていた私にとっては、営業ができる日々にやりがいを感じていました。

ーーカスタマーセンターも営業も順調。壁にぶつかることはなかったのですか?

湯川さん:壁にぶつかることはありましたね。私と同じタイミングで同期がもうひとり異動してきていました。私は教えていただいたことをじっくり対応していく日々で、「ミスは許されない」と感じていたこともあり、教えていただいていないことまで挑戦する余裕はありませんでした。

一方、同期は度胸があって、まだ教えていただいていないような大型の仕事を自分から手をあげて取り組んでいたんですね

もともとメンタルがそこまで強くないと、自分自身でも自覚していたのですが、自分のメンタルを大切にしすぎてチャレンジすることよりも周りに迷惑をかけないことを優先してしまいがちで、大胆なチャレンジができていないことに気づきました。

しかし、同期の物怖じしない姿勢はどんどん仕事の範囲も広げ、その結果としてお給与もあがっていました。

上司にヘルプを出さなくてもいいように、石橋を叩きすぎて思うように成績が伸びず、足踏みしていた私にとって、同期の成長スピードには圧倒されました。

「私は何をやっているんだろう……」と落ち込みましたが、なんとか今の状況を打開したい気持ちが強かったです。

「上司に迷惑をかけたくない、失敗したくない、苦情をもらいたくない」など「○○したくない」という気持ちよりも、失敗してもいいからチャレンジしていくことが成長スピードを速めることに気づき、それからは、自分自身でできることは自分で対応しますが、どうしても難しいときは、うまく人を頼ってみるようにしました。

そうしたら、気持ちが楽になったのか、足踏みしていたときよりも、対応スピードが加速し、成果にもつながり、成果が出ることでさらに仕事にのめり込んでいきました。

ーー仕事が軌道に乗ったタイミングで、病気の発覚があったんですよね?

湯川さん:そうなんです。単なる風邪だと思って病院に行った際に、甲状腺の腫れを指摘されて検査をすることになりました。血液検査の数値が悪く、エコーの結果次第では癌の可能性があると宣告されました。

「なんで私が……」と、どうにも居たたまれない気持ちのなか、上司に相談してしばらく会社を休むことになりました。

それから数週間後、エコーの結果は癌ではなく橋本病だと診断されました。30代・40代の女性の2人に1人がかかる病気のようで、治療に5年はかかると言われていましたが、会社を一時休んでいたこともあり、3ヶ月程度で完治することができました。

身体は資本だと、そのとき心から実感したんです。

さらに、当時お付き合いしていた同僚からプロポーズをされました。

そのとき、私も彼も全国転勤の総合職で、大阪と神奈川との遠距離恋愛をしていたんです。同じ支店で夫婦が働くことは難しいということ、病気は完治したとはいえ無理をしてほしくないという彼の意向から、「私が会社を辞める」という選択をすることになりました。

仕事に不満はなく、むしろ楽しんでいたタイミング。プロポーズは嬉しかったですが、何かを諦めるという選択は多少心残りだと感じたとことを覚えています。

退職をして彼がいる神奈川に引越し、知らない土地で同棲がスタート。

イメージしていたのは彼との楽しい同棲生活だったのですが、だんだんと彼から「俺の給料があるから、お前が暮らしていけている」というような態度を感じるようになってしまって……。それから、なかなか関係も上手くいかなくなってしまったんです。

もともと私は会社を辞めたくて辞めたわけではない。やっぱり働き続けたい。」という気持ちに気づいたとき、婚約を破棄することにしました。

ライフイベントによって、仕事を天秤にかけることがないように努力したい

ーー再び社会復帰すると決めたとき、どんな転職活動をされたのですか?

湯川さん:婚約破棄のあと、ゆくゆくは関西に戻って就職したいと考えていたため、いったんのつなぎとして派遣会社に登録し、ジュエリー会社の販売員として働くことにしました。派遣社員として働きながら転職活動をおこない、結果として入社を決めたのは、今の大手外資系生命保険会社です。

転職活動をしていたときも学生時代の就職活動と変わらず、若手でも活躍ができて、仕事の成果を評価してくれる会社を希望していました。

そんなある日、勤めていた店舗に私宛の電話がかかってきました。お客様からのクレームかもしれない、と不安を感じながら受話器を取ったのですが、実はその電話をかけてきたのが今の会社の上司です。

丁寧な口調の男性で、「外資系生命保険会社の者です。湯川さんに勇気を出して電話をしています。率直にお伝えするとスカウトです。私の会社の者が先日店舗で買い物をしたとき、湯川さんの接客がとても良くて名札の名前を覚えていました。」とお話をしていただきました。でも、私の頭には「外資系」という言葉しか残っていません。

「外資系」という言葉を聞いたとき、「若手でも活躍できる年功序列のない環境、仕事の成果を評価してもらえる制度があるかも」という考えがふと頭をよぎり、一度話をきいてみることにしました。

ーー実際にお話をされて、どうでしたか?

湯川さん:実際にお話をうかがってみると、「女性が活躍している」「自分の働き方は自分で決める」「平日休日で土日出勤でも可能」など、私が思い描く働き方を実現できることが分かりました。

私は、独身時代は仕事にコミットし、結婚や出産をしたら仕事をセーブし、こどもがある程度大きくなったら再びフレキシブルに働きたい、と考えています。

以前プロポーズされたときの、どちらかが全国転勤だとライフイベントに合わせて仕事を辞めなければいけなかったことを考えると、ライフイベントに関係なく働き続けることができることに魅力を感じたんです。

しかし、実際はどうなんだろうと思った私は、同業で働く方々に話を聞きにいきました。そうしたら、「やはり大変だし苦労もある」と。自由を得られる分、大変さはつきもの。それに私は前職で忙しい日々を送っていたものの、1年のブランクもあったんです。

今の私で通用するものなのか不安を感じたのは事実です。ほぼお断りする気持ちで2回目の面談に向かいました。

実際にその旨をお伝えしたところ、「まだ内定も獲っていないなかで決断するのは早いと思う。まだ1次面接も受けていないし、スカウトだからと言って受かるものでもない。ちゃんと自分で受けてから判断してください。」と言われたんです。

素直に「たしかに」と思いました。たしかに、まだ一歩も踏み出していない。なので、まずは挑戦をと思い、面接を受けてみることにしました。

ーー挑戦した転職活動のなかで、気持ちに変化はありましたか?

湯川さん:一次面接を受けたときも、特に大きな気持ちの変化はありませんでした。でも、「どんな人間なのか」「どんな経験をして、何を感じたのか」など、過去に経験した面接では聞かれてこなかった質問が多く、私自身をみてくれることが伝わってきて、嬉しかったことが印象に残っています。

面接後、フィードバックをしてくださった際に、「もし弊社で頑張ると決めたのであれば、わたしたちが全力で成功させてあげるから。」という言葉をかけてくださいました。

「頑張れ頑張れ」とお尻を叩かれることばかりでしたが、「全力でサポートする」という言葉をかけられたことは初めてで、その時この人についていきたいなと思ったんです。

前職ではお尻をたたかれることが多く、うまく乗せられている感じがありましたが、今の会社はその真逆の言葉をかけていただき、そんな言葉をかけてくださる人がいることに感動したんだと思います。

2回目の面接を受けるころには、絶対に合格するための準備をしていました。ここまで転職したいと思ってしまった以上、後に引ける状況ではなかったからです。

「頑張ると決めたのであれば、全力でサポートする」と言ってくださった支社長・所長のためであればエネルギーが沸いてくる、お二方のために頑張りたい気持ちで面接に臨みました。

しかし、面接では「働く目的がない人を入社させるわけにはいかない」と言われたんです。たしかにその面接時には、働く目的も目標もなく、一緒に働く人で会社を志望していたため、「これは不合格になった」と思いました。

当時の私は自分のために仕事をしたい気持ちはありましたが、婚約は破棄しているし、新しくお付き合いしている人もいないし、両親には保険業界にいくことを反対されている状況でした。だから、自分以外の誰のために、何のために働けばいいのか正直分かりませんでした。

「誰のために成功したいのか?」という質問に対して、「私のためです。人生の転機に仕事を天秤にかけなくても、自分の理想とする選択ができる自分でいたいんです」と、正直な気持ちをお伝えし、「それが働く目的になるんじゃないか」というお言葉をかけていただきました。これが内定をいただくきかっけになっています。

この面接で学んだことは、転職とは一緒に働きたい人がいることも大切ですが、なぜ転職し、何のために働くのか、「目的・目標」を持つことはもっと重要であるということでした。当時の私は「人」の魅力に惹かれた点が大きいですが、ライフイベントがあっても自分が描く理想の働き方を実現し、成功すると決めて、ここで次のキャリアを築こうと決めました。

ーー念願の転職。1年のブランクなど心配されていましたが、実際どうでしたか。

湯川さん:私が配属されたのは、40代~70代の保険業界のレジェンドと言われるような方々がいる支社。昼間は誰もオフィスにはいないため、誰かに教えてを乞うと言っても所長1人。毎日所長とマンツーマンで仕事をさせてもらいました。

しかし、入社したてにも関わらず、私が描く営業スタイルと上司が目指す営業スタイルが食い違い、あらゆる場面で意見が対立しました。

私は既存の手法にこだわらずに、新しい方法を試してみたいと思うことが多かったのですが、一方で上司は、基本ができるようになってから新しい方法を試してみる、という考え方の違いでした。

なかなか思うように動けず、悶々とした気持ちだけたまったある日、一度思い切って会社を休んでみることにしました。

入社して以来、試験や研修、新しい環境に慣れるための目まぐるしい日常、加えて意見が合わない上司とのすれ違い。心も身体も弱っていたので、一度リセットしてみようと思ったんです。

休みながら今までのことを振り返ると、自分の態度を反省する気持ちでいっぱいになり、こどもじみた態度だったり、教えていただいたことを実行する前に口答えしていたりと、素直に教えを乞う態度ではなかった自分に恥ずかしくなりました。

「私は何をやっていたんだろう。成功するために転職をしたのに。」1週間の休みを経て、上司に面談のお願いをしました。

上司は怒ることもなく、これからどうしていきたいのか、私の考えをずっと聞いてくださっていました。そして、一言「部下としてではなくパートナーとしてフォローしていく」と声をかけてくださったんです。正直クビになる覚悟で出社したこともあったので、この言葉に救われる気持ちだったことを覚えています。

ーー転職先でも成功するためには、何が秘訣だと思いますか?

湯川さん:ひとりよがりな考えではなく、二人三脚で進む姿勢によって今は順調に成果につながっています。もちろん、うまくいくこともあれば、いかないこともあります。

でも、自分のやり方だけで100戦100勝できるわけではないと思うので、上手くいったときはなぜ上手くいったのかを分析し、上手くいかなかったときは素直に教えを乞いながら、基本に戻る、というスタンスにした今は順調に数字が伸びています。

「もっと売れるようになりたい」「もっと成功したい」「もっと恩返しをしたい」など実現したいことは山ほど残っています。まだまだこれからが本番といったところです。

同世代の女性へ

湯川さん:人生の岐路にたったとき、仕事を天秤にかけることはしたくないなと思っています。今もこれからもそれは変わらない考え方だと思いますし、キャリアとライフイベントで悩んでいる女性には、ぜひそう伝えたいと思っています。

今はまだ結婚願望はありませんが、いつかそういうタイミングがきたら、以前と同じような選択はしなくてもいいように準備しておきたいです。

また、いつか両親の介護などを考えなければいけないときにも、実家の和歌山に帰らずともサポートしていけるように、いざとなれば東京に両親を呼べるだけの蓄えが必要だとも思っています。そうすれば、仕事を手放すという選択をしなくてもいいからです。

すべてはライフイベントによって、大事にしている仕事を天秤にかけるようなことはしたくないから。これを実現するのが私にとっての成功であり、人生でマストなことなんですね。

今後の目標は、私の理想とする働き方を実現するために成功し続けることですが、直近の目標としては社長杯にチャレンジして受賞することです。8000人の中から上位10%しか入れない価値ある賞を受賞して、自分の価値を上げていきたいと思っています。

編集部より

いかがでしたでしょうか。

病気や結婚など生活が変化するにあたって、仕事を天秤にかけながら選択をしていくという現実を垣間見ることができました。やりがいを持っていた仕事を諦めることは心残りというのが正直な気持ちだと思います。

諦めなくても、自分が思い描くようにキャリアを選択するための準備をしている湯川さんのお話は参考にしたい考え方ですね。