今回のライフキャリアインタビューは、総務省行政管理局課長補佐の小泉美果さんにお話をうかがいました。
霞が関では、どんな仕事があって、どんなキャリアを積んでいくのか、イメージできる方は少ないかもしれません。
今年で総務省に入省して12年目となり、仕事と家事・育児をしながら、30歳のタイミングでこどもと2人で海外留学・インターンを経験された小泉さん。
こどもがいることで何かを諦めなくてはいけないのか、優先すべきことが何かに悩んでいる方にぜひ読んでいただきたいインタビューです。

小泉 美果(こいずみ みか)さん | 総務省行政管理局課長補佐
慶應義塾大学卒業後、新卒で総務省に入省。2年目で結婚し、3年目に出産と早い時期にライフイベントを経験。30歳のタイミングではこどもと2人でアメリカ留学とフランスでのインターンシップを経験。現在は、課長補佐として事業を推進する立場として活躍中。
日本全体に関わる仕事がしたくて、キャリア官僚を目指す
ーー国家公務員を目指したきっかけは何でしたか?
小泉さん:就職活動のことを考えたはじめたとき、日本全体に関係する仕事がしたいと思っていました。また、総務省で働く職員の姿に魅力を感じて、国家公務員のキャリア官僚を目指し、今の総務省に入省したんです。
日本の場合は、法律は政府提出法案が多くを占めており、国家公務員が立案をしたものを内閣の決定として国会にはかることも仕事です。国会で成立した場合は、法律の下にある政令・省令など、法律を実行するための細かい規定を詰めていきます。
一つの法案を決定するために、国家公務員の仕事は、関係者・有識者の意見の集約から、法律を書くことまで幅広く携わります。それが日本全体に関わることだと考えたら、社会に与えるインパクトは大きいと感じています。
ーー1年目の仕事はどんな内容だったのですか?
小泉さん:入省して1年目は、政策評価法といって、法律に基づいて各省庁が実施している政策に対する評価が客観的であるかをチェックしたり、大臣の発言案を作成したりしました。
私自身が作成した発言案をそのまま使用するのではなく、上司に諮(はか)りながら作成するものの、大臣の発言の立案を自分がはじめることができることに、仕事の大きさを感じましたね。
ちなみに仕事のスキルは、丁寧な研修があるわけではなく、先輩の姿を見ながら覚えていく学び方なんです。
日本全体に関わる仕事をしていますが、アナログな仕事の仕方は多いです。現在総務省ではデジタルな仕事の仕方をして効率を上げていく働き方改革がミッションになっています。
ーーキャリア官僚はどういったキャリアステップになるのですか?
小泉さん:私の場合は【キャリア官僚】という総合職ですが、この場合、モデルケースでいうと、入省4年ほどで係長になり、係長を4年ほど経験すると課長補佐になり、この役職を10年強くらい経験し、成績がいい場合は、課長などの管理職に就くことができます。
現在は、課長補佐として下のメンバーと上司の間に立って政策を動かしていくポジションです。判断を仰ぎながらも、自分が主体となって進めていける今のポストは、いい仕事を経験していると感じていますね。
「ママにできる仕事」という配慮に感謝はしていても、「ママがやりたい仕事」じゃないとキャリアが抜ける
ーーご結婚・出産が早かったんですよね?
小泉さん:仕事は忙しかったですが、入省2年目で結婚し、3年目で出産をしました。
こどもが欲しいと思っていたので早く産んだものの、当時は出産し育児をする省庁の先輩が少なかったこともあって、今後の仕事のこと、キャリアのことで悩んでも相談することができませんでした。
省内はファミリーのような人間関係なので、妊娠したことを上司に報告しやすいですし、歓迎してもらえます。上司が男性というケースが多いため、結婚・出産すると「この人はこどもがいるから残業はさせられない」といった”配慮”をしてくれるんです。
でも、そうなると任せてもらえる仕事も「ママにできる仕事」に限られてしまうんです。
これは、私にとっては悩みでした。
ーーなんとなくわかる気がします…!実際には復帰後はどんなお仕事だったのですか?
小泉さん:たとえば、省庁の仕事のなかには国会対応があります。国会会期中は、大臣などが国会で発言するための答弁案を作成する必要があります。
この仕事は夜通しでおこなう仕事であることから、ママである私はこの仕事にアサインされたことはありません。
たしかに、深夜まで取り組み、早朝には大臣に資料を届ける仕事なので、タイムスケジュールが通常業務のそれとは違います。国会答弁案作成以外でも、法律を書いたり、省庁間の短時間での協議に参加したりするなどの時間の見えにくい業務は、職場の”配慮”から、あまりアサインされる機会はないのです。
でも、こうした国会対応のスキルを取得しておくことも、今後のキャリアアップのためには大切なんです。
「ママだから」と”配慮”してもらっていることは、とてもありがたいですし、うれしいことです。ただその反面、「キャリアが抜けてしまっている」と感じ、複雑な気持ちになることもあります。
特に私は離婚していて、一人でこどもを育てているので「キャリアアップできるポストや業務は、ぜひアサインしてほしい」と上司に伝えるようにしています。
ママは自分から主張していくことが大切なんだと思います。
私が復帰するタイミングと同時期に復帰した、ママ職員がいました。
集まって話をしていたら、産休・育休中に省庁の情報が入ってこなかったり、上司には自分から連絡をしないと復職の相談ができなかったりなど、私と同じことで悩んでいたことがわかりました。
今後の官庁の女性職員のことを考えたら、キャリアが抜けてしまうことへの対応策や、産休・育休中の体制整備を進めていかないと、とその必要性を強く感じたんです。
そんな目の前の課題を解決したいと思って、職員で力を合わせてウェルカムセットという活動を職員ベースではじめました。省内の情報を発信したり、相談窓口になったり、復帰にあたって「どのタイミングで」「何をしておくといいのか」などの情報を伝えられるようにしたんです。
8年前からはじめた草の根活動でしたが、今では人事部がイニシアティブをとって、ママの不安解消や途切れることがないようなキャリアの相談窓口などを設けてくれています。
復帰後は苦労の連続…それでも工夫をかさね、全力で仕事ができることが嬉しかった
ーー復帰当初はどんな生活を送っていたのですか?
小泉さん:復帰した直後は、将来的には留学をしたいと考えていたこともあって、国際関係の仕事を希望しました。
復帰後1週間は、【育児時間】という制度を利用して16時に退社していましたが、仕事の絶対量を考えると、18時半まで延長しなければどうにもこなせなくなり、早速2週目からフルタイムに変更したんです。
最初はそれでも早く退社することに「申し訳ない」気持ちをいだいていましたが、効率的に仕事をしてなんとか18時半に退社する私がいる一方で、他のメンバーは深夜まで残業しながら残業代が出ていることを思うと複雑な気持ちでしたね。
それに、会社では「申し訳ない」と思いながら退社し、自宅では「遅くなってごめんね」と言いながら帰宅する日々になり、精神的につらかったです。
今はひとり親なので、どうしてもワンオペにならざるを得ません。そのなかでも、仕事と家事・育児を両立させるために、1日・1週間の予定を細かく立てるようになり、少しずつ改善していったように思います。
たとえば、国際会議があるときは、
・朝何時までにママ友の家にこどもを預けて、
・夕方は何時までにベビーシッターさんにお迎えに行ってもらい、
・夜22時まで面倒をみてもらって、
・私は21時半に仕事をメンバーにバトンタッチして帰宅しよう
といったスケジュールを組んでいます。
もちろん想定外のことも起こりますが、あらかじめスケジュールを立てておけば動じなくなりますし、自分のやりたいことに向けて全力で過ごせるので、今はとても満足しています。
ーー今は「働きやすさ」はありますか?
今は同じマンションのママ友や、ベビーシッターさんに協力してもらって、働きやすい環境をつくっています。
ベビーシッターさんを利用すると、お迎えから、食事から、お風呂に入れるところまで家事・育児をやってもらえるので本当に助かっています。ときには、育児のアドバイスまでいただけるので勉強にもなっていて。
まだベビーシッターを利用しているママ友は少ないですが、一度使うと感動すると思います!
現在は、こどもが小学校にあがったので苦労することも減りましたが、保育園のときはお迎えコールがくると仕事を切り上げてお迎えに行かなければならず大変でした。当時は、テレワーク制度が使いにくかったこともあって、その日は「休暇」ということにして、自宅で仕事をしていましたね。
最近は、テレワーク制度が使いやすく改善されたので、こどもが病気になっても自宅で通常出勤扱いで仕事ができるようになっています。
ただ、どちらにせよ1分1秒でも時間があれば集中し、仕事の効率を上げて業務を進めるよう心がけています。
復帰した当初は「申し訳ない」という気持ちでしたが、今はどんな状況でも仕事ができるので、むしろこどもを持つ前よりも効率的に仕事ができるし、自信がつきました。
――ママがいることで「職場のメンバーにプラスになった」と感じることはありますか?
小泉さん:私のようなママワーカーが職場にいることで、メンバーの「働き方への意識」も変わって来ていると思います。
官庁は残業が当たり前ですが、私のように「時間的制約があっても仕事もバリバリこなしている」という実例があると、チームのマインドが変わってきます。
これまでの時間的制約をもつことがない文化のもとでは、きっと図らずもゆっくり仕事をしてしまったり、時間をかける必要のないものに時間をかけたりしていたのかもしれません。
残業を抑制しても不思議と仕事は進むようになるんですよ。
今、私のポジションは課長補佐なので、課長に組織の課題や提案をあげやすい立場にいます。こうしたマインドチェンジの取り組みを通して、ゆくゆくはワーキングママなどの新しい存在が本流として職場の働き方も人事評価も変えていけたらいいなと感じています。
猛勉強の結果手にした海外留学。こどもがいることがハンデになることはなかった
――復帰後に目標にしていたことはありますか?
小泉さん:復帰後の生活に慣れてきたので、ずっと目標にしていた留学を実現しようと思いました。競争率は高いですが国家公務員には留学制度があり、私も念願だった留学試験に立候補することにしたんです。
試験を受けるために、約1年間仕事と家事・育児と並行して英語の勉強を続けました。勉強ができる時間は深夜しかなかったので、こどもを寝かしつけるタイミングで一度睡眠をとり、深夜1時に起きて2・3時間勉強をして、朝方3・4時からまた少し睡眠をとって会社に出社する生活でした。「まるで修行僧のような生活だね」と友達には言われていました。
体調も崩すこともありましたが、どうしても実現したい気持ちが私を突き動かして、猛勉強の甲斐あって試験に合格しました。
こどもを連れて2人でのアメリカ留学になったのですが、こどもを連れていくことに多方面から驚かれました。でも、私にはそれ以外の選択肢がなかったので迷いはありませんでしたね。
――こどもと2人での留学生活はどんな日々でしたか?
小泉さん:2014年6月に渡米し、その翌日から大学院の授業がはじまったので、同時に現地の保育園にこどもを預けて通いました。
アメリカの保育園は公立ではないため、保育料が月14万円という高額でしたが、朝7時半から夕方17時まで預けていました。夜に授業があるときは、大学院の友達に預けたり、アメリカ人のベビーシッターさんを雇って対応しました。
こどもの存在がハンデになったという思いはまったくなく、むしろ、こどもがいたおかげで、交友関係が広がったんです。例えば、オバマ政権の経済アドバイザーだったような著名な先生たちと、こどもの通う学校が同じだったので、ママ友になることもありました。
また、アメリカ留学中に、フランスの国際機関で3か月のインターンシップにもチャレンジしました。就業することになるため、フランスでもこどもを保育園に預けながら勤務をしていたんですよ。
ここでも保育園やベビーシッターさんは自分で探さなくてはならず、勤務先である国際機関の職員の方に紹介してもらいました。
ちなみに、フランスの学校は水曜日が休みです。国も違えば習慣も違うことを実感しましたが、さまざまな働き方・生き方のスタイルが認めらている国だけあって、こどもの自立を促す教育や考え方が勉強になりましたね。
こどもは子供部屋でひとりで寝かすことが当たり前、夏休みはこどもはサマーキャンプに行かせて、親はその時間でやりたいことする、という自由な考え方なんです。
日本で同じことをやろうとすると、批判されたり軽蔑されたりすると思っていたので衝撃を受けました。
――海外生活を得て、日本で活かしていることはありますか?
小泉さん:さまざまな方に助けてもらいながら、アメリカ・フランスでの2年間の留学を終えました。この間に、ベビーシッターさんにこども預けたり、預かったりする経験をしたことで、日本に帰国してからも、遠慮はしながらも、本当に難しいときは「預かってもらえない?」とママ友に助けを求めることができています。
ママ友もワーキングママなので協力しあっていますし、それによってお互いのやりたいことを実現できています。
また、フランスでインターンシップをしたときの上司の言葉が今でも忘れることができません。
「美果が「やりたい」と思って仕事をしに来ているんだから、美果が判断しなさい。家庭事情がなんであれ、仕事ではプロフェッショナルとして判断をしなさい。」という言葉です。
フランスの保育園でこどもが熱を出してお迎えにいくことになったとき、2・3日お休みすることを上司に伝えました。
そのときも、了承はしていただきましたが、仕事の期限が伸びることはないため、休みの判断や仕事の進捗コントロールを含めて個人に任されました。
一見突き放された厳しい言葉に思われるかもしれませんが、ママとしてではなくプロフェッショナルとして対等に扱われていること、自分の努力次第でポテンシャルを高めていけることが嬉しかったんです。
日本だと、自分で判断して「この仕事をやる」と決まったあとでも、上司が「海外出張なんて大丈夫なの?」「こどもの面倒は誰がやるの?」と配慮した言葉をかけてくださることがあります。
ありがたいと思う一方で、家庭の事情は自分でやりくりした上で自立して働きたいと思っているので、「もっと仕事を任せてもらいたいな」と思っているんです。
もし心配してくれているなら、「困ったらいつでも相談しなさい」という当たり前の、ニュートラルな言葉のほうが嬉しいかもしれません。
それ以降、私にとってフランスのインターンで出会った上司は初の女性上司であり、人生のロールモデルなんです。
インターンが終了したときに彼女からもらった「美果の人生は美果のものなんだから、美果の能力ややりたいことの判断を誰かに任せてはだめよ」というアドバイスは宝物ですね。
日本は人事部によってポストがアサインされますが、自分のポテンシャルを高めるためには、自分からアピールして、自分の道を切り拓くべきだと思います。
「働き方」の改善も同様です。
これは実際に「テレワーク申請方法」の改善をしてもらったときの話なのですが、以前はテレワークをする際の申請はとても手間のかかるものだったんです。でも「これを変えてもらいたいです」と声をあげるだけではなかなか聞いてもらえません。
制度を使いやすく変えてもらうには、組織にとっても個人にとっても、お互いにプラスになる方法を自分で考えて、役職者から承認ももらったうえで提案をしてみます。
「わがまま」「不満」だけに終わらせず、組織が変わるのを待つのでもなく、自ら動いて変えていくことが大切なんだと思います。
好きや楽しいという気持ちを優先してもいい。人生の選択を誰かに任せてはいけない。
――組織の働き方改革まで動かれているのはなぜですか?また、一歩踏み出すコツは何ですか?
小泉さん:復帰したばかりのママは自分の仕事と家事・育児でいっぱいいっぱいなので、職場の働き方改革まで意識が及ばないのが正直なところだと思います。
それは、時間が限られていることもあって、自分や家族以外の誰かのために時間を使えないからなんです。
ですが、自分たちが苦労したことを下の世代には経験してもらいたくないですし、自分たちが切り拓くことで組織にとってプラスになることであれば「草の根活動であってもやってみよう」と徐々に自分以外のために一歩踏み出したいと思いはじめるんです。
自分が直面する問題を解決するのであれば、どうせなら組織全体を変えていこうという気持ちになるんですね。
組織や制度を変えることは、自分自身の「働き方改革」にもつながります。
そう思えば、たとえ少しの時間であっても「この1時間だけは組織の働き方改革のために考えてみよう」「アウトプットしてみよう」と考え、アウトプットして周りを巻き込んでいくと、おのずと誰に相談すれば形になるのかだんだんと分かってきます。
「使いやすい制度」や「働きやすい職場」は、ママとして、良くも悪くも「特権的」な体験や思いがあるから気づくことも多いと思います。
男性にはなかなかできないことですし、だからこそ、周りを巻き込みながら、「組織の働き方改革」を自分が率先して進めたいと思っています。
ーー帰国するタイミングでまず何をされましたか?
小泉さん:ひとり親だとどうしてもワンオペにならざるを得ないため、仕事と家事・育児を両立させるためには、こどもを軸にした選択が必要でした。
学童に入ることができる地域であること、英語の教育に熱心な公立小学校であることなど、こどもを軸に住む場所を探すことに時間を使いましたね。
今は都内に住んでいますが、私の住んでいる地域はひとり親に対して手厚い制度が多いので助かっています。保育園は8時までみてくれたり、小学校に入学してからは学童は19時までみてくれます。1時間短くなっていますが、それでも利用することができるのはうれしい。特に、学童に関しては料金がかからない地域であったので、保育園のころと比べたら、経済的にとても助かっています。
それ以外にも私の住んでいる地域には、様々なひとり親向けのには助成制度があります。こどもと遊ぶための療養制度として年に1回ディズニーランドのペアチケットの補助券を交付してくれたり、ベビーシッターを利用したい場合は役所を通すとシッターさんの紹介をしてもらえますし、所得に応じた利用料の割引もあります。
留学から帰国した当初は所得が低かったので、本当に助かりました。
――30歳のときに留学されましたが、転職が頭をよぎったことはありますか?
小泉さん:何度か民間企業に転職をしたいと思ったことがあります。留学から帰国した1年目のタイミングで課長補佐の立場になり、仕事の面白みを感じつつ、一方で留学では官庁では培えない外のスキルを身につけることができたので「民間企業で力を試してみたい」と思ったことがあります。
ただ、官庁での働き方は体制が不完全だからこそ、古き良き慣習を自分たちの手で変えていける最高のタイミングに身を置いて、チャレンジできる貴重な機会だという想いもありました。
一時的には転職の気持ちが芽生えましたが、今はこの環境のなかでキャリアを積み上げていこうと考えています。
――今後の人生の目標は何ですか?
小泉さん:今後の目標としては、大学院の修士課程まで修了したので、次は博士課程修了を目指したいですね。
女性の方にアドバイスするなら、自分のやりたいと思うことは、遠慮はしないでほしいと思います。
ぜひ、好きなことをみつけてほしいです。
「目の前のことに集中してみる」「夢中になってみる」ことで、好きなことがだんだんわかってくると思います。
そして、「夢中になれること」が見つかったときには、遠慮はしないでチャレンジしてほしいです。
ママという立場でチャレンジしていいのか悩んでいる方もいらっしゃるかもしれませんが、こどもを理由にやりたいことを諦めてほしくないですし、自分のために人生を楽しんでほしいです。
私は、育休から復帰した当初、とてもつらくて仕事を辞めることを真剣に考えましたが、今は仕事を辞めなくてよかったと心から思っています。
辞めていたら留学の夢も実現できなかったし、ロールモデルにも出会えなかったし、官庁の働き方改革に着手することもできなかった。
そう思うと、「結婚はゴールではない」とつくづく思います。結婚・出産をしたからといって幸せになれるわけではなくて、結局、仕事・結婚・出産含めて、自分のやりたいことを見つけることが大事なんだと思います。
後輩から、「留学制度を利用するとしたら、結婚はその前と後とどっちがいいか」と相談を受けることがありますが、結婚・出産は人生の一部ではあるけれど、やりたいことを優先する方がもっと大事だと伝えています。
一般的に考えられている時期・年齢を考えれば、「結婚・出産を優先したほうがいいのでは…」と思うこともあるかもしれませんが、他にも大事なものがあってそれを優先したいタイミングなのであれば、ライフイベントはまた計画すればいいし、そもそも結婚をする必要だってないかもしれません!
編集部から
いかがでしたでしょうか。
キャリア官僚の仕事だけにとどまらず、官庁の働き方改革にも自ら手をあげて活動をしている小泉さん。
「ママにできる仕事」ではなく、「ママがやりたい仕事」を優先し、個人を尊重する環境の中で働いた経験が、小泉さんの仕事観・人生観を変えていきました。
「こどもを預かってくれない?」という一言が言いづらくて我慢している方もいらっしゃるかもしれませんが、共働き主婦が増加している日本社会において、こどもをベビーシッターに預けたり工夫をしながら、自分だけのキャリアをつくることは必要条件かもしれませんね。
それは、決して甘えていることでも、育児を放棄していることでもなく、ママがやりたいことを実現し、家族が円満に生活していくための必要な選択なんだと思います。
今回は、「こどもが理由でやりたいことができないことってない!」と背中を押してもらえるインタビューになりました。
こどもがいることで何かを諦めなくてはいけないのか悩んでいる方、優先すべきことが何かに悩んでいる方、小泉さんの通りにはならなくても、一歩踏み出してみてほしいと思います。